ラヴィ・シャンカールの後継者として
~インドの至宝~
かのビートルズが教えを乞うたシタールの巨匠ラヴィ・シャンカール。1963年、彼を驚嘆させたたった8歳の少年がチャンドラカントだった。
チャンドラカントは4歳の頃から、シタールを弾きはじめた。まだ上のフラットにようやく手が届くようになったばかりだったが、父は幼い頃からチャンドラカントの才能を見ぬき地元で最高のシタリアのもとへ通わせた。
さらに、インドの全ての芸術、文化の基礎となるサンスクリット語を正しく教え、神々を愛し、神々に愛されるように、神への捧げものとしての音楽を正しく学ぶようにと彼を導いた。
8歳になった時、チャンドラカントの神童ぶりはつとに知られるところとなった。彼の演奏を聴くためにインド中から賓客がプネを訪れ、その中にシタールの巨匠ラビ シャンカールもいた。チャンドラカントが演奏してみせた時、ラビがいかに驚いたかを示す手紙が今も残っている。こうしてチャンドラカントはわずか8歳でラビの弟子となった。
ラビがツアーでいなくなる時は、彼の先生Baba
Allauddin Khan Sahibの娘のアンナプルナが彼を教えた。一日12時間も ただただシタールを弾きつづけることは8歳の子供には苦痛だったに違いない。しかしチャンドラカントはむしろそれを楽しんでさえいたようだ。天性のものがあったのだろう。こうして12年間、彼が20歳になるまでレッスンは続いた。その後もラビはチャンドラカントの活躍を保証する手紙を書いて送っている。(資料1)
今、その期待を裏切ることなくチャンドラカントは国際的なシタリアとなっている。
シタール奏者/作曲、編曲家/民族舞踊振付師/サンスクリット言語学者
ラジャスタン大学からサンギート・ビブジャン(偉大な音楽家)の称号を授与
チャンドラカント・サラデシュムク
博士のインド以外でのシタール演奏は、ドイツ、
オーストラリア及び日本において200回を超える。
サマ・サンギート・サーバ・アンド・リサーチ・センター(音楽研究センター)の会
長を務める彼はインド音楽や文化を世界に広げようと積極的な活動をしている。ま
た、プネ大学では音楽研究者として博士号を取得している。
略歴:
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1954年11月20日生まれ。
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1958年ウスタード・カーン師、クルシド・ミラジカー師にシタールを習い始める。
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1963年~1976年ラビ・シャンカール師、アンナプールナデビー夫人に師事。
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1976年ラジャスタン大学よりインド音楽界最高栄誉"サンギート・ウィブシャン"を授与。
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1980年スール音楽協会(ボンベイ)より、称号「スールナミ」を授与。
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現在音楽活動の傍らプネ大学、シワジ大学の非常勤講師も兼任している。
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1999年南オーストラリアにて、ヘルプマン・アカデミーの非常勤講師として講演
。
演奏歴:
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1963年サワイ・ガンダルバ音楽祭で初演奏。当時8歳。
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1982年西ドイツ。
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1990年~1992年・オーストラリア。
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1991年~現在日本で150回以上のコンサートを開催。
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1998,99年オーストラリア春・秋コンサートシリーズ。
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1999年北アメリカ・サンノゼのマハラシュトラ出身者協義会に主演。その他ピッツバーグ、ワシントン、サンフランシスコでも演奏。
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1999アメリカの mp3.com ウェブサイトを通して
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2000年1月~3月日本全国で日本とインド音楽の合奏コンサートシリーズ。
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2000年春からオーストラリア、キャンベラ、ウロンゴング、アデレードなどで演奏旅行中。
作曲・監督作品:
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1984年~1988年150本以上の教育映画音楽監督。
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1988年ロシアインド祭音楽監督。
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1991年インド映画祭大統領賞受賞作品”Aamukn”映画音楽監督。
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1997年Kelvin
Brown氏と合作共演の2CD”East
Light, Temple Tree”を発表。
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その他多数の英語、ヒンディー語、サンスクリット語、マラティ語のドラマを監督。
シタールの演奏について
シタールは今から約2000年前、ペルシャからアフガニスタンを経て、インドに入った
北インドの代表的な古典楽器。外見はギターにも似ているが、弦はメイン7本、共鳴弦13本の計20本。演奏はすべて暗譜で行うため師匠から弟子へと伝承される。
チャンドラカントは約1500曲を暗譜しているという。